11月9日(水) モミジバフウ

161109momijibafuu40~50mほど続くモミジバフウの並木です。お見事、拍手!!です。
前に、まだ緑のままの枝を残した「局部的紅葉」を載せただけだったので、この画像はどうしても欲しいものでした。しかも、これは決して「狙った一枚」ではなく、お泊まり先であてもなく出かけた朝の散歩での収穫というところがミソです。
つまり、「犬も歩けば…」です。寒い・寒いと部屋に籠もっていてはなにも得られないわけで、この写真はマメ男くんへのご褒美と考えることにします。

<追加記事> (2016年12月6日)
161206momijibahuu真っ赤に染まったモミジバフウに拍手をしてからほぼひと月、今度は「あれれ?」と首を傾げることになりました。
陽当たりもよく、木も十分に大きく、環境にはなんの問題もないように思える4~5本の並木が、どうにも情けない色づきです。まるで一人で紅黄葉の見本帳になったようなこの色具合はどうしたことでしょう。
考えられることは、地域差(=寒暖の変化度合いとかその速度差)でしょうか。お見事な色合いだった上の写真は金沢市での一枚だし、思い出に残る真っ赤なモミジバフウ並木は山形市のものでした。
たった2カ所を根拠にするのは不心得でも、やはり日本海側に比べると、関東南部の気候はダルイのだろうと思わざるを得ません。どうかモミジバフウさま、近所でもお見事!と拍手したくなるような色合いに染まってくださいますように…。

2015年のきょうコエビソウ> 2014年のきょうコウヨウザン> 2013年のきょうカンレンボク> 2012年のきょうソバ> 2011年のきょうイワレンゲ> 2010年のきょうキクニガナ(チコリ)> 2009年のきょうアワコガネギク> 2008年のきょうジャコウソウモドキ> 2007年のきょうシラキ> 2006年のきょうスズメウリ> 2005年のきょうハナミズキ(アメリカヤマボウシ)> 2004年のきょうダチュラ

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番外編 : 動いてくれ~(志免鉱業所竪坑櫓)

Tatekouyaguraドライブ中の視界にいきなり飛び込んで来た「なんじゃこれ」です。デカい(高さ48mほど)し、ゴツいし、まさかハウルの動く城ではあるまいな!?
なんと、ここ(福岡県志免町)の地下は石炭層(だった)で、地中430mまでエレベーターを上げ下ろしするための塔なのでした。残念ながら東京オリンピック(前回)の年に閉山になり、今は廃墟(周辺立ち入り禁止)です。
とは言いながら、これだけの風体なので全国的に有名らしく、知らなくて驚いたのは恥ずかしいことだったようです。赤面する自分の頬は、まるでこの日の夕焼け空みたいだったことでしょう。(写真は色調補正あり)

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番外編 : せめて1~2ひき

Semete12「ぜったい獲るな!」とは言えないんでしょうねえ。4年生ですもん、自分たちだってゴマダラカミキリを獲ることはあるんでしょうねえ。
自分たちはよくって、よそから来た人だけダメ…ということを言わないところがとってもフェアです。「せめて1~2ひき」というひと言が泣かせます。
いい子たちなんだろうなあ。日本はまだまだいい国でいられるかな。篠栗の山のなかで、ほっこりと暖かな気持ちになりました。

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番外編 : 交差点で立ち止まる・その2

Minamititosemati久しぶりの交差点話題です。「ど」と読むか「と」と読むか、発音の違いだった前回に比べると、今度は漢字をどうあてるか、やや深い問題です。
画面左上から右に走るのが県道で、それと直交して右上に抜けるのが市道です。それぞれの信号には交差点名看板があって、それが県道は信号の上、市道は下についているのが笑えます。ただし、それは今回は不問とします。
Kakudai問題はここが「南千歳町」なのか「南千才町」なのかということです。ふつうの地図では「歳」だし、この町の統計データでも「歳」なので、「才」はこの看板に限った当て字であることがわかります。30歳を30才と表記する「あれ」です。
たぶん、画数の多い「歳」は見にくいからという配慮だとは思います。だとしても、外来者が首を傾げるには十分な「ご配慮」です。この「ご英断」をなさった某県某市・道路行政担当のお方のご尊顔を拝したいものです。

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10月18日(火) ウルシ

161018urusi1きのうに続いて輪島土産です。輪島にはさすがに漆器の美術館が二つあり、その一つ、漆芸美術館の前庭に植わっていたウルシの木です。
花の時期にはほど遠く、実の房の一つも見えず、せっかくの紅葉もまだその兆候さえないという三方ふさがりの時期ではあったものの、自分には見分けがむずかしいこの木を、100%保証付きの場所で写せて大満足です。
161018urusi2さらに、美術館のなかにはこんな展示もありました。ハゼノキのそれによく似た実を確認できた上に、漆掻きのカンナ痕を目にして、もう大々満足です。
さて、今回の輪島旅行は甥の結婚式参列のためでした。この甥のことはアテ(ヒノキアスナロ)の項で触れました。エネルギッシュに活動してきたおかげで地元にも溶け込み、今回は村総出の心温まる式と披露宴となりました。
その様子は、ご参加くださった地元の市議さんが素敵な写真と上手な説明でご自分のブログに載せてくれていますので、リンクさせていただきました。

2015年のきょうエゴノキ> 2014年のきょうガマズミ> 2013年のきょうアカガシ> 2012年のきょうシマススキ> 2011年のきょうアレカヤシ> 2010年のきょうコウリンタンポポ> 2009年のきょうヒメグルミ> 2008年のきょうクスノキ> 2007年のきょうスズラン> 2006年のきょうサラシナショウマ> 2005年のきょうタイワンホトトギス> 2004年のきょうハナミズキ(アメリカヤマボウシ)

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10月17日(月) ジョウロウホトトギスとキイジョウロウホトトギス

161017jourou輪島の町をぶらついていたら、珍品を見つけました。ジョウロウホトトギス(別名:土佐上臈杜鵑草)には紀伊・相模・駿河のバリエーションがあるので、簡単に区別するのは危険ですが、相模と駿河は栽培がむずかしいと言うし、紀伊はもっと葉が細長いので、これはふつうのジョウロウホトトギスと見ました。
盗撮させていただいて言うのもなんですが、たった一本きりが長く垂れ下がっていて、背景が世俗の日常そのもので、どうにも写真になりません。横の無粋な諸々をこれ以上入れないために、いつもとはずいぶん違う判型になりました。
161017kiijourou1さて、お口直しと言うか、他日・他所で撮った紀伊上臈杜鵑草です。一連のジョウロウホトトギスの特徴は花がうつむくことで、蕾はツンと上向きなのに、咲くと下を向くというややこしい性格です。同じ黄色いホトトギスでも、キバナツキヌキとかタマガワが上向きなのに対し、さすがお上臈さまは奥ゆかしいことです。
161017kiijourou2そのお上臈さまの裾をめくるという痴漢行為をしてみました。ふつうのホトトギスと同じく、雌シベについたガラス質のキラキラがきれいです。
また、いわゆる杜鵑模様も、黄色と赤のコントラストが強烈です。そして、花弁の先の尖り具合がたまりません。あでやかなお上臈さまに怖いツノとは、あまりにできすぎた話で、なるほどねーと深くうなずいてしまいます。

2015年のきょうヒダカミセバヤ> 2014年のきょうサイカク> 2013年のきょうタイアザミ> 2012年のきょうシマトネリコ> 2011年のきょうアンゲロニア> 2010年のきょうヒイラギモクセイ> 2009年のきょうキチジョウソウ> 2008年のきょうヨウシュイボタ(セイヨウイボタ、プリベット)> 2007年のきょうトウガラシ(タカノツメ)> 2006年のきょうスズメウリ> 2005年のきょうクロマイ> 2004年のきょうサザンカ

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番外編 : MISIAの森

160526misianomori MISIAの森(石川県津幡町)という場所があることを知って、訪ねてみました。調子外れにEverythingなど口ずさみながら、心は弾みます。
結果と言うか、歩いてみた結論は、むふふ、まあふつうの森でした。MISIAでイメージしたのはクスノキでした。九州生まれだという彼女にはやはり南の木が似合うし、風格のある枝張りはMISIAの重厚な歌声そのものです。さらに樟脳のあの香りが、突き抜ける彼女のハイノートと完全にオーバーラップするのです。
ところが、森の入り口で迎えてくれたのはクヌギでした。うーん、クヌギが嫌いなわけじゃないけれど、ちょっと拍子抜けです。クスノキも少しは見かけましたが、イメージツリーというほどの存在感はありませんでした。樹相としては関東近辺のそれと大差なく、訪問が徒労だったかと少し寂しくなりました。
しかし、気持ちをフラットに戻して歩き進んでみると、ホッペはだんだんと緩んでしまいました。小径の脇がショウジョウバカマで埋もれているなんて、そんじょそこらで見られるものではありません。サワフタギの花が白い天蓋となって頭上を覆っていたのもうれしい景色でした。
要は特にこれと言った珍品や稀少種はないのだけれど、ふつうがふつうに潤沢に残されているのです。そうか、MISIAがサポートしたいのはこういう場所なのだと気づいたら、胸が温かくなりました。
神奈川にも同名の森があるそうで、これからだんだんに増えて来るのかもしれません。偉いなあ、ありがたいなあと思いつつ、その晩、聴いた彼女の歌声は、いつにも増して艶やかに心に滲みて来たのでした。

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5月3日(火) ヤドリギ

160503yadorigi北国のちょっと高い山に登ったら、そこはまだ冬でした。陽射しにこそ春は感じるものの、足下はまだ硬い雪に覆われたままです。
ブナの林も、冬芽が多少のふくらみを見せてはいたものの、葉の気配などまだ微塵も感じることができません。そんな「素通し」の林の中空に、緑色のこんもりしたマリモ状物体を見つけました。ヤドリギです。
なるほど、ヤドリギは「常緑樹」なのでした。落葉樹の葉がない時期は、あの粘着性の実(種)が木々の幹にくっついたり、できた実を鳥に啄んでもらったりするには好適なのです。宿主が寝ている間こそがヤドリギの季節でした。
暖地のヤドリギはもう花を咲かせ実をつけているのに、北国のヤドリギは今からが勝負です。宿主が葉を繁らせるまでの短い間に一気呵成に世代をつなごうとする北のヤドリギには、埼玉あたりの仲間にはない緊張感がありました。

2015年のきょうチリメンガシ> 2014年のきょうムラサキサギゴケ(サギゴケ)> 2013年のきょうニッサボク> 2012年のきょうセイヨウタンポポ> 2011年のきょうシライトソウ> 2010年のきょうヘビノボラズ> 2009年のきょうギンラン> 2008年のきょうフサスグリ> 2007年のきょうシュンギク> 2006年のきょうムクノキ> 2005年のきょうワスレナグサ> 2004年のきょうカリフォルニアポピー

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3月6日(日) ススキノキ

160306susukinoki_bとてもローカルなTVニュースでこれが紹介されていました。もしや、ショクダイオオコンニャクのときのような大騒ぎ?と心配しましたが、駆けつけてみるとこのコーナーは閑散としたもので、鳥打帽のオジサン(画面左下)など素通りです。
たしかに、柱サボテンに紛れて、これじゃあ見過ごされて当然です。どうやってもうまい写真にならないので、セコく加工してみました。
屋根に届かんばかりにのびた花穂も、どうあがいても個々の花は写らないのであきらめです。検索すると、原産地オーストラリアで撮った詳細な写真が見つかるので、それを見て「ああ、こんななのか」と納得です。
なんとも悲しい記録になりましたが、悲しいついでにローカルなニュースを全文転載しておきます。(テレビ埼玉・2016年3月4日)
『約20年の栽培で初 ススキノキが開花』
川口市の植物園で、およそ20年前から栽培しているオーストラリア原産の植物「ススキノキ」が、今年はじめて花を咲かせました。川口市立グリーンセンターで、2月29日に初めて開花が確認されたススキノキ。「ススキノキ」はオーストラリア原産の寿命が600年以上とされる植物で、年に2、3cmほどしか成長せず、オーストラリアでは山火事にも耐えられるほど生命力が強いと言われています。無数の小さな花をつけているのはおよそ5mの高さまで伸びている「花軸」という部分です。川口市立グリーンセンターでは、20年前に50cmほどの大きさから栽培を始め、現在では、葉の部分がおよそ3mまで成長しました。川口市立グリーンセンターで、栽培から20年掛けて初めて花をつけた「ススキノキ」は、2週間ほど楽しめると見られています。

<追加記事> なんと、上の記事から10日ほどして、まったく別の場所でもススキノキが花を咲かせていました。川口グリーンセンターよりはググッと迫りやすかったのですが、接写レンズの使用は無理で、望遠目一杯でした。
Susukinoki_uそのため、花(雄シベ)の感じしかとらえていないし、雌シベは存在さえわからない写真ですが、そういうことは他所様に任せて、あの白い棍棒ってこうなっていたんだぁというザックリな感動を記録しておきます。(2016年3月17日)

<再追加記事> 花の時期から半年以上が過ぎて、川口グリーンセンターでは枯れた花軸が展示されていました。太いし長いし、花のときを知らなければ、なんじゃこれ?と驚いたことでしょう。(2016年10月24日)
Susukinokiただし、2カ所で花を見ているワタシは余裕で、巣でエサを待つカラスの赤ちゃんをイメージした1枚を撮ってみました。(残念ながら、種は見つからず)

2015年のきょうシロバナオオベニゴウカン> 2014年のきょうムルチコーレ(コレオステフス・ミニコス、クリサンセマム・ムルチコーレ)> 2013年のきょうウラムラサキ(ストロビランテス・ディエリアヌス)> 2012年のきょうガーデンシクラメン> 2011年のきょうヤマコウバシ> 2010年のきょうキンギョツバキ> 2009年のきょうエンドウ(莢豌豆)> 2008年のきょうテンリンジガッコウ(椿)> 2007年のきょうネモフィラ・インシグニス> 2006年のきょうショウジョウバカマ> 2005年のきょうヨモギ

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番外編 : 空中浮揚の400トン

20151010hirosakijou今回、弘前に着いてまず駆け付けたのはお城です。まるで団体観光客と同じ行動で照れますが、いま、弘前城はとんでもないことになっているのです。
お城(天守)を持ち上げて運ぶなんて、ずいぶん豪快なことを考えるものです。以前、鉄筋の体育館を同じように移動させるのを見たことがあって、対象物の大きさ(容積)で言えばあちらの方が明らかに上でした。しかし、重さ(400t)とか古さ(築400年)とか考えると、お城の引越しの難儀度はまた別格でしょう。
じつは弘前城の引越しはこれで2回目(初回は明治から大正にかけて)だそうで、今回も昔と同じように、天守の土台である石垣を直したあと、また元の位置に戻すのだそうです。あえて石垣の縁という不安定な場所に位置するこの城ならではの苦労でも、おかげでこんな珍しい工事を見ることができたというわけです。
この日は残念ながらジャッキアップの準備作業しか見られなかったものの、古いお城の壁にヒビ一つ入れるでもなく進む工事には感心するしかありませんでした。この天守が、待ち受ける仮土台(写真左手)にピッタリ収まったその夜、作業にあたった人たちが呑むビールはことのほか旨いだろうな…と、心底うらやましくなりました。

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